白と黒の間

 

 

「会社が悪い」「社長が悪い」とは、この仕事をしていてよく耳にする言葉です。職場で働く方々から話を聴く機会も多いので、まあ、なるほどなと感じることもあります。

 

大抵は「お互いに話していないな」というのが原因です。しかしながら会社側は「よく話している」と考えていて、働く側からは「説明不足だ」となっているものです。ではどうすればよいのでしょうか。

 

答えは「時間をつくること」です。こんな話があります。

 

私のお客様でかなり歴史のある企業がありますが、既に亡くなられている会長が社長だったころのエピソードです。会社から出かけられるとき、例えばタクシーワンメーターの最寄り駅に行く際も必ず社員を捕まえて「ちょっと乗せていってくれるか」と言われていたそうです。社員も拒否できるわけもなく、半ば取り掛かっている仕事を中座して車を出していたそう。そして他愛もない話をほんの数分間して送っていくという経験を、現在のほとんどの課長以上が経験しています。そのときは正直「忙しいのに」と思っていたけれども、今思えば、誰に何を話すかを考えての行動だったのだなとみなさん口をそろえて言われます。そしてそのときに「運転手」を務めた面々が、現在会社をけん引しているのです。

私も曲がりなりにも自営業をしていますが、自分のグーグルカレンダーを見るとゾッとすることがあります。会社の経営者ともなりますと社業に加えておそらく公職もあり、大変なスケジュールなのだと思います。しかしながら、組織を動かすのが人そのものであり、その人は感情で行動するのだということを鑑みれば、目的を持って、たとえ数分でも時間を捻出していくことは意義ある義務と言えるのではないでしょうか。

 

もちろん経営職と呼ばれる課長職以上の役職者においてはもっとこういったことに心掛けていかなくてはいけないでしょう。誤解や齟齬を生んでいてはよいパフォーマンスにはならない。考え方や行動の根底には「損得で仕事しない」思考や「善悪に基づく判断」も重要と言えます。そしてなによりも「人に対しての興味」というものがなければ成しえることはできないでしょう。しかしながらやはり経営者の行動や熱量は伝搬して文化となりますのでやはり切り口は経営陣の考え、動きだと思います。

 

もしかしたら「社員なんて経営者の考えとは絶対に交わらないから理解しあえない」とお考えの方もおられるかもしれません。ここでふたつエピソードを。

 

入社2年目の社員。社長と会食して夜遅くなり、社長御本人から「タクシー代は領収書切って明日提出したらいいから」と言われ、社長はご自身の車を頼んでいる代行でお帰りになられ、しばらくしても一向にタクシーを拾わない社員はこう言いました。「家が遠いので商店街の出口まで少しでも歩いて経費を抑えたいと思います。」

 

同じ会社の営業会議での一コマ。いくつかの営業支所がありベテランマネージャーの問題提起。「入社一か月目も研修したり同行したりして挙がった契約は支所の数字に反映してくれると手放しで新人に喜んであげることができる。支所の達成数字に入れて欲しい」つまり、入社一か月目にまだ売れるかどうかも分からない新人の数字は支所目標数字に加えずにスタートするのですが、昨今優秀な新人が多く、一軒二軒の契約をとってくるため、後付けでもそれを支所数字に入れて欲しいという要望。マネージャーとしては支所目標達成は社員にとっても自分にとっても評価の基軸。反映してくれというのは当然の要望だと思います。この話の焦点は「新人の契約を、何の曇りもなく喜んでやりたい」という部分です。参加メンバーひとりひとりに確認をとっていくと、みんなこの意見に肯定的な反応でした。最後に入社4年目見習いマネージャーがしばらく考えて言葉を選んで噛みしめるようにっゆっくりこう言いました。

 

「支所の評価になってもならなくても僕は関係なく契約を一所懸命取ってきたことを喜んであげたい。営業同行をしてあげているという気持ちではなく、新人は頑張っているのだから手放しで喜んであげたいと僕は思います。」

しばらくシーンとして、問題提起したマネージャーが、曇りが貼れたように

「あ、新人の数字の反映は無しで。今の意見で納得しました。無しで行きましょう。」

ちなみに新米マネージャーは、この問題提起マネージャーが時間を費やし手塩にかけて育てた社員です。

 

どんな石も磨けば光る。今一度、自社組織に目を向けて個々との接点を創出してみてください。組織で活躍してもらうにあたり、白と黒の間の色をどれだけ識別できるかがとても重要。識別した色によってどのような考え方、行動ができるようになるか。人間味や歴史、イズムやそれに至るプロセスは、「色を見よう」とする力を体得するために必要なのです。